宮入慶之助記念館

 宮入慶之助は、多くの論文・著作を残しています。
 当初、寄生原虫の研究に専念し「寄生原蟲研究の栞」を著しました。当時これほどまで正確に、かつ広範囲に網羅された書物はなく、ロックフェラー研究所にいた野口英世博士は、この本を非常に大切にしたといわれています。
 ミヤイリガイが、日本住血吸虫の中間宿主であるとした「日本住血吸虫の発育に関する追加」(鈴木稔助手と共著,東京医事新誌,1913,NO1836)は、日本住血吸虫の感染経路解明に苦心していた医学界に大きな衝撃を与えました。同時に、この病気に長い間苦しめられていた住民にとって大変な朗報となりました。
 ミヤイリガイ発見の後に着手したのは、肺吸虫の中間宿主探索でした。四年連続朝鮮に出張するなど精力的に研究を続けました。九州帝大名誉教授になってからの晩年も、恙虫病原体の研究を行い、宮入恙虫(Trombicula miyairii n.sp.)を発見しました。
 衛生学、栄養学についての著作も多数あります。アメリカの実業家、フレッチャーが唱えた健康法に共鳴し、「食べ物は一心不乱に咀嚼して食べること。そうすれば、体に免疫力もつき、健康になれる。」と、戦時下であるにも関わらず、強く主張しました。

宮入慶之助顕彰碑 碑文の内容(九州大学医学部構内)

 宮入慶之助は、日本住血吸虫の感染を媒介するものが淡水産の貝であることを、1913年に世界に先駆けて発見した。
 その貝は現在、ミヤイリガイという和名で呼ばれている。この発見が端緒になり、アフリカなどに分布する住血吸虫の感染経路も解明され、防圧対策の糸口ができた。
 日本ではかって筑後川流域や甲府盆地にあった本病の流行は根絶されたが、世界中には現在でもこの寄生虫に感染している人が2億人いる。 
 
 Dr.Keinosuke Miyairi discovered for the first time in 1913 the snail inter mediate host for transmission of Schistosoma japonicum infection.
 This snail is now called “Miyairigai”in Japanese.Based on this finding,the transmission of schistosomiasis in African and other endemic countries was clarified and control programs were launched.
 In Japan,schistosomiasis has been eradicated while there are still approxi
mately 200million people infected with schistosomiasis in other parts of the  world.

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