(抜粋)

宮入慶之助記念館だより  4号

宮入慶之助記念館     2005(平成17)年 6月1日発行

 巻頭言                      多田 功(名誉館長)

    平成15年4月に久留米市で開催された日本寄生虫学会総会で、日本住血吸虫発見100周年を記念した国際シンポジウムが開かれました.古くは片山病とか肥え負けなどと呼ばれていたこの風土病の病原体を発見したのは桂田富士郎教授(岡山医科大学)です.しかし住血吸虫と言う寄生虫がどういう経路で人に感染するかはまだ世界的に全く不明でした.これをはじめて明らかにしたのが宮入慶之助教授(九州帝国大学)でした.1913年に鈴木助手と共に綿密な研究を経て、後にミヤイリガイと呼ばれることになった貝が感染経路で重要な役割を果たすことを発見したのです.この業績はノーベル賞候補になった程で大変重要な知見でした.当記念館ではこのシンポジウムを機に、宮入先生の偉大な業績である感染経路発見90周年を記念し、宮入先生の記念誌を作ることに決定しました.これには多くの日本人研究者の賛同が得られ、宮入源太郎館長を中心に出版作業を進めております.出版社としては宮入先生が研究と教育に長く尽くされた九州大学に因み九州大学出版会を選びました.本書は平成17年秋に上梓できる予定です.
 近年日本の寄生虫学者達は橋本イニシアチブを始め、多くの
ODA NGOプロジェクトを通して世界の寄生虫病根絶に携わっています.住血吸虫症はその感染経路、病態が解明され、特効薬が市販されているにもかかわらず未だに世界中に2億人の感染者がいます.当記念館としては日本の経験をふまえて現状を把握し、海外での防圧推進に一役を担いたいと考えております.

 記念館開館後5年を経過して             宮入源太郎(館長)


 当館は昨年11月で開館5周年を迎えました。
 開館当時はどの程度やれるかと心配もしましたが、お蔭様で今日までたどりつき、収蔵物も次第に充実いたしました。ご支援くださった方々、暖かく見守って下さった方々に心よりお礼申し上げます。
 開館当時は1種だったミヤイリガイの貝標本も外国産も含めて産地別・飼育別など20以上になりました。宮入慶之助の著作物は、コピーを含め90%以上は集まったと思います。
 日本住血吸虫病を撲滅するために行われた先人の活動記録は、有病地であった北九州地方、片山地方及び山梨地方について集まり、日本国内各地での活動記録は当館で調査可能になりました。また、海外での撲滅活動や、最新の研究動向についての文献、寄生虫一般に関する文献も増えました。
 押入れを改造して展示スペースを増やし、収集品の閲覧を容易にするとともに、日本での流行地を示す点滅パネルを作り、貝や住血吸虫病などをやさしく解説するビデオシステムなども製作中です。更に、昭和前半年代の台所用品、日用品、衣料品、ラジオなどを展示する部屋も作り、展示の多彩化を図りました。
 しかし、来館者は開館当時をピークとして停滞気味です。来館者数が全てではありませんが、顕彰と後世への保存・継承だけではなく、もう少し現代社会に役立つ活動ができないかと思案するこのごろです。
 このような状況のもと、住血吸虫伝播カイが発見されて90年が経過し、当館が5年経過したことを記念し、名誉館長の多田先生のご提言ご支援のもとに、記念出版を計画しました。幸いに、この秋には九州大学出版会から発刊できる見通しとなりました。
 この件については多くの先生方にご執筆を賜りましたことを厚くお礼申し上げます。
 今後も微力ながらより良い記念館として発展するよう努力していきたいと思っております。皆様の変わらぬご支援ご指導の程お願いいたします。

 記念館開館5年間のあゆみ

 

1999.11

宮入慶之助記念館開館

2000. 3

山梨県衛生公害研究所訪問

4

久留米大学医学部寄生虫学教室訪問

5

九州大学医学部寄生虫学教室の支援により展示ケースの増強

7

長野市立博物館特別展示「私のたからもの」に出展

9

山梨県衛生公害研究所2回目の訪問。ミヤイリガイの生息状況を実地に観察

2001. 1

ホームページ開設
記念館だより(第1号)発行

3

山梨県甲府市立病院林正高氏を訪問
記念館の展示室改装、電気配線交換

7

初代館長宮入耕一郎死去

2002. 4

名誉館長に、多田功(九州大学名誉教授)就任

11

日本熱帯医学会(高知市)参加
記念館だより(第2号)発行

2003. 3

日本寄生虫学会「日本住血吸虫発見100年記念国際シンポジウム」に参加

7

麻布大学を訪問。ミヤイリガイの飼育状況見学
2代館長に、宮入源太郎就任(事務局長兼務)

10

「第44回日本熱帯医学会・第18回国際医療保健学会合同大会」(成田市)聴講

11

記念館だより(第3号)発行

12

広島大学医学部寄生虫学教室訪問。ミヤイリガイの飼育状況を見学
宮入慶之助とミヤイリガイ発見に関する記念誌発行を決定

2004. 3

「第73回日本寄生虫学会大会(前橋市)」参加
生活用品展示室増設

ご支援くださった方々
 当記念館は、開館以来、非常に多くの方々のご協力に支えられて運営されてきました。心から御礼申し上げます。ご支援ご協力いただいたおもな事柄を、以下に列挙いたします。(敬称略)
     薬袋勝、梶原徳昭:ミヤイリガイ貝殻多数、諸資料。
     林正高:ミヤイリガイ標本(含外国産)、諸資料。
     永倉貢一:日本住血吸虫、その虫卵、症状等の写真と諸資料。
     小田晧二:「片山病とのたたかい」(御下問奉片山病撲滅組合)他資料。
     目黒寄生虫館:「日本における寄生虫学の発展」Ⅰ~Ⅶ。
     岩永襄:各地のミヤイリガイ標本(含外国産)、ミヤイリガイ飼育関係資料。
    石井明:「医学のあゆみー日本住血吸虫発見100年論文集―」他資料
    鈴木守:「まんが寄生虫話」ポスター
    清永孝:福岡日々新聞記事他
     塘 普:著書他 

記念誌出版の内容(予定)                     

 宮入慶之助が日本住血吸虫伝播カイを発見してから、平成15年(2003年)で90年、当館が開館してから平成16年(2004年)で5年が経過しました。日本住血吸虫症については、日本は安全な状況になり、その研究成果は海外の有病地での治療予防のために役立てられ、日本の研究者は海外各国で活躍しています。
 当館では、これらのことを記念し、資料や知人が完全に失われないうちに記録にとどめておきたいと考え記念誌を出版することと致しました。記念誌では、現在に至るまでの日本住血吸虫およびミヤイリガイに関する研究を概観するとともに、日本に於ける3大有病地での地方病撲滅に至るまでの記録、海外主要地域での防圧と研究の状況、現在も続けられている研究の状況と成果、そして宮入慶之助の業績と生涯についての記録などを、収録します。
1. 書名  住血吸虫と宮入慶之助―ミヤイリガイ発見から90年―
2.出版社  九州大学出版会
3.発行時期  平成179月(予定)
4.価格    未定
5.内容    下記の通り

テーマ

著   者

日本における住血吸虫研究の流れ

石井 明〔自治医科大学名誉教授〕

宮入慶之助と中間宿主カイ発見

田中 寛〔東京大学名誉教授〕

片山記から片山病の防圧まで

辻 守康 〔広島大学名誉教授〕

山梨県の住血吸虫防圧

薬袋 勝〔山梨県衛生公害研究所副所長〕

筑後川の住血吸虫防圧

塘 普〔久留米大学名誉教授〕

日本住血吸虫症の病理形態学

中島 敏男・平田瑞成〔久留米大学名誉教授・久留米大学医学部助教授〕

住血吸虫に対する生体の防御機構

大橋 真〔徳島大学総合科学部教授〕

住血吸虫症ワクチン

小島荘明〔東京大学名誉教授〕

住血吸虫感染と体質

平山謙二〔長崎大学教授〕

ケニアにおける住血吸虫症と防圧

青木克己〔長崎大学教授〕

住血吸虫と感染行動

嶋田雅暁〔長崎大学教授〕

中国における住血吸虫

太田伸生〔名古屋市立大学教授〕

メコン住血吸虫症

松田 肇〔独協医科大学教授〕

フィリピンの日本住血吸虫症・脳症型,肝脾腫型の臨床と同症に対する挑戦               

林 正高〔元甲府市立病院部長〕

ミヤイリガイの生物学

岩永 襄〔広島大学助教授〕

中間宿主ミヤイリガイの殺貝による日本住血吸虫症の制圧

梶原徳昭・保阪幸男 〔山梨県衛生公害研究所・元国立感染症研究所室長〕

GPSで住血吸虫症流行を追う

二瓶 直子 〔国立感染症研究所客員研究員〕

住血吸虫研究史における人間ドラマ 取材雑感から

小林照幸〔ノンフィクション作家〕

慶之助と蛍と左京               

清永 孝〔歴史研究家〕

九州大学における宮入慶之助

多田 功  〔九州大学名誉教授〕

人間、宮入慶之助

宮入源太郎 〔宮入慶之助記念館長〕

宮入慶之助記念館とその歴史          

宮入建三 〔宮入慶之助記念館員〕

宮入慶之助業績資料:研究業績リストと各種資料

 

写真アルバム

 


最近のトピックスから                     宮入源太郎

 2003年12月に、広島大学医学部寄生虫学教室の岩永襄助教授を訪問しました。
1)岩永先生のご専門はミヤイリガイの飼育とその生態研究で、この道で30年以上の経験をお持ちとのことでした。 
2)ミヤイリガイは、約20のガラス製飼育槽に産地別(5種)に飼育されていました。それぞれの槽内でカイは代替わりしながら繁殖し続け、槽内の土壌は水を補給したり餌を与えるだけで、取り替えることはないとのことでした。長いもので20年以上も養殖し続けてカイの生活に最適な土壌となるとのことで水も循環させず、蒸発分を補給するだけ、特別に空調はしていないとのことでした。別室には住血吸虫を感染させたカイの飼育槽が10位あり、ここは空調されていました。感染したカイは2ヶ月位で死ぬとのこと。餌はプランクトンでした。
3)飼育されたカイは住血吸虫の研究の試料となり、他の大学や研究機関へも提供されているとのことでした。
4)この飼育が始まった動機は、30年位前、当時はカイの生態データが正確でない不安があったために開始されたとのことでした。
 この施設は今年(2005年)の3月末、岩永先生の定年退官とともに閉鎖・解体されました。
 30年以上にわたって蓄積されたミヤイリガイ飼育のノウハウと安全管理技術、試料作成技術、飼育設備がこの世から消え去ることは社会的損失ではなかろうかと残念に思い、せめてもの記念として、廃棄された飼育槽を1台寄贈いただき、記念館で保存することといたしました。

記念館の収蔵品から

右の写真はミヤイリガイの標本です。記念館を開館するために、まず欲しかったのが、日本住血吸虫の中間宿主であるミヤイリガイの実物標本でした。
 現名誉館長のご紹介で、久留米大学医学部の福間教授をお訪ねし、私どもの記念館計画をご説明し協力をお願いした結果、快くご寄贈いただいたのがこの標本です。
 北九州地方での日本住血吸虫病の安全宣言が発せられた時に記念として配布された物だそうです。
 記念館収蔵のミヤイリガイ標本第1号で、私どもの大切な「たからもの」です。