寄生虫問題と環境

今地球は、「生命維持装置」が危うくなっています。つい最近までは、私たちの周りの公害、環境破壊といえば、足尾銅山、水俣病、四日市、阿賀野川など地域的なものでした。ところが現在は、人間や企業の生活経済活動に伴う汚染や被害が、私たちの地球そのものを破壊するというところまで来ています。特に環境破壊による地球の温暖化は、自然の生態系を狂わせ、地球規模での寄生虫問題を一層拡大させています。人間の生活活動のために必要とされた開発援助が、自然の改変によって、思いがけない寄生虫問題を発生させることがあります。

◆環境問題としての寄生虫

多田 功(宮入慶之助記念館前名誉館長、 九州大学名誉教授)

 

30年ほど以前、筆者は海外協力事業団の海外医療協力の一環でアフリカのエチオピアに滞在していました。まだハイレ・セラシエ皇帝在位中の頃で、首都の帝国中央研究所を根拠地に地方に出かけ、いろいろな寄生虫の調査をしました。住血吸虫もそのひとつで、住民の尿や便を顕微鏡で調べて虫卵を検出したり、鰐の出現に用心しながら池で中間宿主である貝を採集したものです。住民は近くの湖や池に足をつけたり、水浴をするので、すぐ感染するのです。アフリカの尿路系に感染するビルハルツ住血吸虫の流行地では、幼児の時からこうして感染します。数年経って血尿が出るのは当然のようにみなされていて、むしろ子供が血尿をするようになると、順調に育ったという通過儀礼とされている地域が東アフリカで報告されています。住民の意識を急に変えることは難しいのです。
西アフリカのボルタ湖は農業灌漑と発電のために1960年代に、川をせき止め作られた巨大な人造湖です。水系の拡大は住血吸虫の幼虫が寄生する貝を一挙に増やしてしまいました。このためそれまで目立たなかった住血吸虫が湖周辺に住み始めた多数の人々を襲い始めたのです。住民の7-9割が感染した村もありました。こうして環境の改変は寄生虫の流行地を広げることがあります。
マラリアを例に取ると、南米などで原生林を伐採し農業や金採掘で平地に水が溜まり人間が住み始めると、ハマダラカが新たに棲み始めます。するとマラリアの大流行が起こります。
地球温暖化もこれからの寄生虫問題のひとつです.温帯や寒冷地の気温上昇は蚊など昆虫の生息範囲を広げます。最近、ヒトスジシマカが北日本で見つかるようになっています.この蚊が熱帯地の疾病であるデング熱を媒介することで流行が懸念されるのです。寄生虫を媒介する貝や蚊は日本にもともと存在しています.したがって、感染源が定着したり、環境条件が変わって媒介動物との接触が容易になれば、今は熱帯のものと考えられている寄生虫病が日本やヨーロッパで再び流行する可能性があります。

(「宮入慶之助記念館だより」第9号(2008年9月30日発行)より)

 

◆薬価1ドルの重さ-住血吸虫-

多田 功(宮入慶之助記念館前名誉館長、 九州大学名誉教授)

 

書棚の上に宮入慶之助先生の写真を焼き入れた記念皿を飾っている。九州大学の初代衛生学教授であった先生は住血吸虫感染にはカイが関わっていることを発見した(1913年)研究者として知られている。この発見を知ったレイパーはすぐアフリカに行き、他の住血吸虫の中間宿主カイを発見した。もし宮入先生が欧米の人間であったら、間違いなくノーベル賞を受けていたであろう。現に英国の熱帯医学研究者であるブラックロックは宮入先生をノーベル賞候補に推した事実がある。住血吸虫症は今も世界中で2億人が感染しているほどのメジャーな寄生虫病である。(中略)..幸い本病(住血吸虫病)は近年のプラジカンテルという薬剤の出現で治療が簡単になった。しかも単回投与でよく、薬価もわずか米ドルで1ドルと安い。しかし東アフリカのように、1人あたりの保健支出が年間1.7~2.0ドルという国にとって、この薬はまだ高価なのだ。このごろの学生は講義を聴くときに缶コーラや缶コーヒーを机においている。だから住血吸虫の講義の時には私はその缶をさして、「君らが気楽に飲んで捨てているその缶一杯で一人の住血吸虫症の患者が救われるのだよ。皆で30人ぐらいは救える」と皮肉たっぷりに言うことにしている。(略)
ガーナのボルタ湖やエジプトのアスワン・ダムなどはいずれも発電と農業用灌漑施設として建設された。まもなく藻が発生するにつれて貝の大繁殖が起こった。そして数年たってみると周辺に住み着いた人口のほとんどが住血吸虫に感染するに至った。無数の住血吸虫セルカリアが水中を遊泳する環境で、人々は水浴や農作業をするようになるからだ。大航海時代に引き続く奴隷貿易はアフリカの住血吸虫をカリブ海域や南米にまで広げた。人類の歴史の中で、環境の改変や人口の移動は常に寄生虫病の新たな流行地を作り出してきたのである。

(治療VOL.80,№9 1998年9月より)

 

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